スナオセッケイシャ北大路
山中 直
京都は鴨川、北大路橋のたもとで建築設計事務所を営んでいます。高齢者の住まいのあり方について研究し、高齢者居住施設や住宅の設計に研究成果をフィードバックしています。
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「水の都 大阪」の川のながれと海の波をイメージした扇子、暗闇の中をひた走るOsaka Metroの窓からもれ出す光が、人々のシルエットを映し出す様を描く団扇、どちらも電車の窓際の遮光ロールカーテンを再利用したものです。
「水の都 大阪」をイメージした涼しげな扇子(せんす)と団扇(うちわ)を製作したのは、一級建築士事務所 スナオセッケイシャ北大路の山中直さん。本業は建築家で、住宅や高齢者福祉施設の設計をメインに、京町家や文化財の修繕も手がけています。今回、廃車再生プロジェクトに参加した理由を聞きました。
山中
「学生時代から高齢者の住環境の研究や、居住施設の設計に携わってきました。ひと昔前は、今ほど高齢者の住環境に対する意識が高い時代ではありませんでした。その中にあって、大学や勤務していた事務所の恩師たちからは、長く生きてきて、社会のために貢献されてきた方々なのだから尊厳が守られるべきだという薫陶を受けて育ちました。
実際に多くの高齢の方々と接する中で、自分の知らないこと、様々な教訓など、たくさんの刺激をうけました。それが今の自分の糧になっていると思います。また、京都に在住している関係で、古い町家の修繕をすることもありますが、住んでいた人の息吹や、いにしえの職人の工夫をいつも新鮮な気持ちで垣間見ています。
今回、廃車再生プロジェクトというお話をいただいた中で、高度経済成長を支えた10系電車に敬意を払い、未来へ記憶をつなぐということに、自分の経験を役に立てるのではないかと思い参加しました。」
作業テーブルの上にあったのは、遮光ロールカーテン。10系電車のものは、日本中どこを探しても、手元にある1平方メートル程度のものが最後で、もう二度と手に入れることができない希少品であるとか。
山中
「車両見学会で、遮光ロールカーテンを見た時に、なんて鮮烈な青だろうと思いました。普通はグレーとかベーシュといった地味な色です。御堂筋線の路線カラーである赤系とも全く違う。その昔、この色を選んだ人はどんな気持ちで選んだのだろうかと考えをめぐらせました。大阪といえば水の都ですよね。おそらくそれをイメージされたのは間違いないのではないかと思います。ただ、10系電車がデビューした約50年前は、まだまだ公害問題が今より深刻で、きっときれいな水を取り戻したいという願いもこめたのではないかと想像を膨らませました。
それから50年が経ち大阪の川や海も元の姿を取り戻しつつあります。橋の上からヘドロの中にダイブする様子を想像される方も多いかと思いますが、世界的にみても大阪湾や淀川・大和川流域全体でみれば、本当はもっと豊かな水環境です。」
この廃車再生プロジェクトにおけるSDGsの目標からしても、できるならば、もっと良い環境を次時代に記憶としてつなげていきたい、そんな思いから、真っ青なロールカーテンを使った作品を製作することになったそうです。
山中
「実は最初、自らの手で扇子や団扇を製造することになるとは思ってもいなかったんです。もちろん何の経験もありませんから、デザインは自分でして、誰か製造をしてくれる人を探そうと思っていました。ところが、一見(いちげん)で、しかも電車のロールカーテンを使って扇子や団扇を製造してくれる業者さんなんてあるわけがなかったんですよね。でも、試作品を完成させた段階で自分でも頑張ったらできるんじゃないかという気がしてきました。」
試作品の製作発表では、地下鉄の廃車から扇子を作るという意外性から、テレビや新聞といったメディアに大きく取り上げられました。元来のモノづくり好きという性質も作用して、デザインから製造まで一貫した生産を目指すことにしたそうです。が、しかし、、、
山中
「試作品の製作段階では、親骨、中骨と言われる構造の部分を、全て手作業で切り出していました。手作りと言えば聞こえは良いのですが、なかなか均質な作業ができず、できたものはでこぼこだらけでした。肝心の扇の部分も、分厚く丈夫にできていて、きれいに折りたたむことができませんでした。何より一つの製作に一か月もかかるようでは、到底商品として世に送り出すことができないという現実を思い知らされました。やはり、何百年もかけて醸成された職人の技というものは一朝一夕に追いつくことのできるものではありません。」
それでも何とか伝統の職人の技に少しでも追いつく方法はないか、そして、今まで通りの扇子や団扇の作り方で次世代につながるデザインとなり得るのかを思案した結果が、最新のレーザー加工だったそうです。丸一日のトレーニングを経て、その後も半年ほどレーザー出力の調整や部材の固定の仕方などに腐心しつつ、何とか実用レベルまでスキルを高めることができたそうです。
山中
「扇子の親骨、団扇の持ち手などの構造部材には、京町家に使われていた古竹を使用しています。京都の若手大工さん達の協力を得て、廃棄された土壁下地の竹や、釜戸や囲炉裏で燻された煤竹を使用しています。製品によって使われている素材は違うのですが、どれも百年から数百年を経た部材となります。加工の仕方や、作る人によっては数万円単位の値段がつく素材もあります。レーザー加工によりオリジナルの形状の部材を切り出すと共に、さらに精密な模様を施しました。」
それでもやはり、最後は人の手に頼るしかありませんでした。古くからの設計パートナーである、はな建築事務所の持田花菜さんに声をかけ、製造の協力をしてもらうことにしたそうです。
持田
「山中さんは、こう見えて楽観的なところがあるので、いつも心配しています。私がやった方がうまく行くと思えるところも多くあったので手伝うことにしました。元々、裁縫は得意ですし、何より建築の設計をしていると模型を作ることもあって、結構細かい作業には慣れています。」
ロールカーテンから無駄なくきれいに生地を切り出し、アイロンできっちりと折り目を付ける。持田さんの協力により作業効率は格段にアップしたそうです。最後にはご家族も総動員して、何とか納品にこぎつけました。
山中
「扇子のデザインは、大阪の水の景色です。骨の部分が川の流れで、水面に降り立った木の葉が、大海原(扇面)に流れ出そうとする様を表現しています。壮大なプランですが、大阪、ひいては関西の良さがますます世界に広がればうれしいと思っています。
団扇には、表面に10系電車の初期、裏面に廃車直前をイメージしたデザインをあしらっています。実は車窓の人々のシルエットも、時代の様相を反映しているのですが伝わるでしょうか。50年間に御堂筋線で行き交った人々の人間模様を、みなさんで想像していただければと思います。 手前味噌ですが、この150年分ぐらいの歴史の記憶を作品に込めたつもりです。歴史の風を感じつつ、先人達が作り上げた文化や景色を次の世代につなげていくことができたらと思っています。」
Project Partner
京都は鴨川、北大路橋のたもとで建築設計事務所を営んでいます。高齢者の住まいのあり方について研究し、高齢者居住施設や住宅の設計に研究成果をフィードバックしています。
ノーマライゼーションをキーワードに子どもから高齢者まで全ての方がすごしやすい環境整備を建築という側面で実践しています。最近ではNPO法人での保護者支援活動も行っています。